実務
施設でピアノを弾くときの著作権と機材
園や施設で弾く場合、録音して配る場合、Webに載せる場合では確認すべき著作権の論点が違います。保護期間と機材選びの実務を整理します。
現場で使うヒーリングピアノ第6回楽器・音量・著作権の実務全6回所要 約40分ピアノ不要(聴くだけ)
この囲みは「現場で使うヒーリングピアノ」という講座の第6回として、 このページに順番と演習を重ねたものです。ページの内容そのものは講座とは独立して読めます。
- 到達目標
- 「その場で弾く」「録音して配る」「Webに載せる」で確認すべき点が違うことを説明でき、判断がつかない曲を保留に分けられる。
- 演習
- これから弾く予定の曲を5曲書き出し、作曲者・作詞者の没年、編曲の有無、録音物を使うかどうかを埋める。埋まらない欄がある曲は「保留」にする。
自己評価
- 曲ごとに作曲者と没年を確認した
- 録音して配る予定があるかを整理した
- 判断がつかない曲を保留に分けた
「この曲、園で弾いていいのだろうか」「録音して家族に配ってもいいのだろうか」。現場でピアノを弾く人が最後に突き当たるのは、たいてい選曲でも技術でもなく、この種の確認です。
この記事は、その確認を3つの場面に分けて考えるための整理です。ひとつの正解を出すためのものではありません。分け方さえ持っていれば、「調べれば分かること」と「専門家に聞くべきこと」を自分で切り分けられるようになります。
この記事の範囲と限界
先に限界を書きます。
- 筆者は法律の専門家ではありません。この記事は法的助言ではありません。
- 書いてあるのは、日本の著作権法の枠組みと、現場でよく出てくる論点の地図です。個別の曲・個別の施設・個別の使い方への当てはめは、この記事では決められません。
- 実際の判断が必要なときは、著作権等管理事業者(JASRAC、NexTone など)の窓口、文化庁の資料、または弁護士に確認してください。
- 法律も運用も変わります。この記事の内容は 2026年7月時点のものです。編集の基準は編集方針に公開しています。
その上で、現場で本当に効くのは次のひとつです。「その場で弾く」「録音して配る」「Webに載せる」を、同じ話として扱わない。
3つの場面は、まったく別の話
同じ曲・同じ演奏でも、どう届けるかによって関係する権利が変わります。
| 場面 | 主に関係する権利 | 現場での典型例 | | --- | --- | --- | | その場で弾く | 演奏権 | 午睡前に生演奏する。レクリエーションで弾く | | 録音して配る | 複製権・譲渡権 | CDやデータにして家族へ渡す。職員間で共有する | | Webに載せる | 公衆送信権 | 園のブログや動画サイトに上げる。オンライン配信する |
「園で弾くのは大丈夫だと聞いたから、録画して配信するのも大丈夫だろう」という推論が成り立たないのは、このためです。場面が変われば、確認からやり直します。
よくある誤解:学校向けの制度は、公開サイトには使えない
授業目的公衆送信補償金制度(SARTRAS)を根拠に「教育目的だから大丈夫」と考えるケースがありますが、この制度は教育機関の授業と、その授業を受ける人を前提にした仕組みです。誰でも見られる一般公開のWebサイトや、施設の広報アカウントでの発信は、当然にはこの枠に入りません。
「教育目的」「非営利」といった言葉は、場面ごとの要件を満たして初めて意味を持ちます。言葉だけを持ち出しても要件は満たせません。
曲の権利は、ひとつではない
もうひとつ、現場で混乱のもとになるのが「その曲の権利」を1個だと思ってしまうことです。実際には、少なくとも次の4つが別々にあります。
- 作曲(メロディ・和声) — 作曲者の権利
- 作詞(歌詞) — 作詞者の権利。作曲とは別の著作物です
- 編曲 — 元の曲を編曲する行為には、翻案(編曲)に関する権利が関わります。また、意に反する改変をしない、という著作者人格権(同一性保持権)もあります
- 録音物そのもの — 演奏した人(実演家)と、録音を作った人(レコード製作者)に、著作隣接権があります
だから次のようなことが起こります。
- メロディの保護期間は切れているが、歌詞はまだ切れていない。器楽で弾くなら問題にならなくても、歌詞を印刷して配るなら別の確認が要る
- 曲は自由に使えるが、市販CDの音源は使えない。曲の権利と録音の権利は別だからです
- 公有の曲でも、他人が作った編曲譜をそのままコピーして配るには、原則として許諾か利用条件の確認が必要。編曲には編曲した人の権利があるためです(許諾がある、配布が認められたライセンスが付いている、編曲者の保護期間も満了している、といった場合は別です)
現場で「この曲は大丈夫」と言うときは、曲・歌詞・編曲・音源のどれについて言っているのかを自分の中ではっきりさせてください。
保護期間の見当のつけ方
日本では、著作権の保護期間は原則として著作者の死後70年です(2018年12月30日に、それまでの50年から延長されました。このとき既に期間が満了していたものは、復活していません)。
現場での実用的な手順はこうです。
- 作曲者と作詞者の名前を調べる(両方です。片方だけでは足りません)
- それぞれの没年を調べる
- 没年から70年が経過していれば、日本での保護期間は原則として満了しています
いくつか注意点があります。
- 満了の起算は没年の翌年の1月1日からです。年単位で数えます
- 戦時加算という例外があります。第二次世界大戦前から戦中にかけての連合国および連合国民の著作物には、戦争期間に相当する期間(およそ10年5か月)が加算される場合があります。海外の曲を扱うときは、単純に「死後70年」で判断できないことがあります
- 国によって期間が違います。 日本でパブリックドメインでも、他国では保護されている場合があります(逆もあります)。Webに載せる=世界中から見える、という点でここは効いてきます
- 作者不明・団体名義などは別の数え方になります
Calm Piano が配布している楽譜が童謡やクラシックの小品に寄っているのは、この確認を最初から済ませておけるからです。詳しくはパブリックドメイン曲をヒーリング風に編曲するにまとめています。
場面1:その場で弾く
生演奏やCD再生など、その場にいる人に向けて音を出す場合です。
著作権法には、公表された著作物は、次の3つをすべて満たす場合には許諾なしに演奏できるという定めがあります。
- 営利を目的としていない
- 聴衆から料金を受け取らない(名目を問わず)
- 演奏する人に報酬が支払われない
「3つのうち2つ」では足りません。すべてです。たとえば、無料のイベントでも演奏者に出演料が出ていれば3番目を満たしません。職員が業務としてピアノを弾く場合に「報酬」に当たるかどうかは、給与との関係を含めて個別の判断になります。ここは自分で決めずに確認してください。
もうひとつ、録音物の再生も「演奏」に含まれます。以前は、適法に録音された音楽を店舗などで再生する場合の経過措置がありましたが、これは2022年1月1日に廃止されています。CDやサブスクを流す場合も、生演奏と同じ枠で考えることになります(施設向けのBGMサービスは、契約の中で処理されていることが多いので、契約書を確認してください)。
要件を満たさない場合は、著作権等管理事業者への手続きが必要になることがあります。施設の種類・規模・利用形態によって扱いが違うので、「うちの施設はどうか」は窓口に聞くのが確実です。
場面2:録音して配る
発表会の録音を家族に渡す、職員間で共有する、といった場合です。ここでは複製が発生するので、場面1の要件を満たしていても別の確認が要ります。
確認する順番はこうです。
- 曲・歌詞の保護期間は満了しているか
- 使う楽譜は誰の編曲か。 他人の編曲譜を演奏した録音を配る場合、編曲についての確認が要ります
- 市販の音源を混ぜていないか。 自分の演奏だけなら実演家の権利は自分にありますが、市販CDを重ねたら別の話になります
- 配る相手と枚数。 「家庭内での私的な複製」と、施設が配布物として複数枚配ることは、同じではありません
歌を伴う録音では、歌詞の保護期間が独立して効いてくることを忘れないでください。器楽だけなら問題にならなかった曲が、歌が入った瞬間に確認事項が増えます。
場面3:Webに載せる
もっとも確認事項が多い場面です。園のブログ、動画サイト、施設のSNS、オンライン配信のいずれもここに入ります。
- 場面2の確認(複製)に加えて、公衆送信についての確認が必要です
- 国境がありません。 日本で保護期間が満了していても、他国では保護されている可能性があります
- 動画サイトの包括契約に頼らない。 主要な動画プラットフォームは管理事業者と契約を結んでいますが、カバーする範囲は限定されています。管理外の曲、外国曲、原盤(市販音源)の利用は対象外であることが一般的です。「そのサイトに上げれば自動的に大丈夫」ではありません
- 編曲したものを載せる場合、編曲についての確認が別途要ります
ここで、よくある取り違えをひとつ。「自分で編曲したから大丈夫」は成り立ちません。 自分のものになるのは編曲した部分だけで、原曲の権利はそのまま残ります。保護期間中の曲を自分で編曲した場合、編曲すること自体と、それをWebに載せることの両方について、原曲の権利者の確認が必要です。編曲は権利処理を省く方法ではありません。
現場向けの結論としては、Webに載せるなら「原曲の保護期間が満了していること」と「使う楽譜・音源が自作か、配布が認められているものであること」の両方を満たすものに限定するのがいちばん安全です。片方だけでは足りません。Calm Piano の楽譜・音源をこの方針で作っているのも同じ理由です。
判断がつかない曲は「保留」に分ける
ここまでの内容を実務に落とすと、やることはひとつです。曲を3つの箱に分ける。
| 箱 | 中身 | やること | | --- | --- | --- | | 使える | 原曲の保護期間満了を確認済み。かつ、使う楽譜・音源が自作か、配布が認められているもの | そのまま使う | | 場面を限る | その場で弾く分には要件を満たすが、録音・Web公開は未確認 | 使い方を限定してレパートリーに入れる | | 保留 | 作曲者・作詞者・没年のどれかが埋まらない | 使わない。埋まるまで待つ |
「たぶん大丈夫」を「使える」に入れないことが、この表の唯一のルールです。保留の箱があること自体は問題ではありません。埋まらない欄を放置したまま使ってしまうことが問題です。
現場で使うレパートリーは、そう多くありません。10曲か20曲を一度この表に落としてしまえば、以降の判断はほとんど自動になります。
機材:音量は、機材を変えると一段変わる
著作権の話とは別に、この回で扱っておきたいのが機材です。選曲と弾き方だけを詰めても音量が下がりきらないとき、機材の設定や置き方が原因になっていることがあります。どちらがよく効くかは部屋と楽器によって変わるので、順番に確かめるための項目として挙げます。
電子ピアノとアコースティックピアノ
- 電子ピアノは音量を数値で固定できます。同じ音量で毎回弾けるという点で、現場では大きな利点です。職員が交代しても同じ設定を引き継げます
- アコースティックピアノは調律と部屋の響きに左右されます。調律が狂っていると、音量を下げても濁って聞こえることがあります。弾き方を工夫する前に、まず調律の状態を確認してください
スピーカーの向きと置き方
電子ピアノの内蔵スピーカーは、多くの機種で下向きか背面向きです。つまり、壁際に寄せると音が跳ね返って大きく聞こえ、部屋の中央に置くと拡散します。
- 壁から少し離すだけで、こもりと音量感が変わります
- 床に直置きすると低音が床を伝わります。 スタンドや台に載せるだけで、離れた席での聞こえ方が変わります
- 硬い床・ガラス面の多い部屋は反射が強くなります。カーテンや吸音材のある側に向けると落ち着きます
音量の決め方は、耳ではなく録音で
第3回で扱った方法をそのまま使います。演奏者の位置で聞こえる音量と、いちばん遠い席で聞こえる音量は別物です。
- 実際に使う部屋・実際の配置で1曲弾く
- いちばん遠い席にスマートフォンを置いて録音する
- 録音を再生して、話し声が聞き取れるかを確認する
- 聞き取れなければ1段階下げて録り直す
この手順を一度やっておくと、電子ピアノの音量つまみの「この位置」が、その部屋・その配置での基準になります。**部屋、楽器の位置、人数、機材が変わったら測り直してください。**基準が使えるのは、条件が同じあいだだけです。
持ち運びと設置の時間
現場では、設置と片付けにかかる時間が実際の運用を決めます。10分かかる機材は、5分しか空き時間がない場面では使われなくなります。置きっぱなしにできる場所を確保できるかどうかを、機材選びの前に確認してください。
この回のまとめ
- 「その場で弾く」「録音して配る」「Webに載せる」を同じ話にしない。 場面が変われば確認からやり直す
- 曲の権利はひとつではない。 作曲・作詞・編曲・録音は別々に確認する
- 保護期間は作曲者と作詞者の両方の没年から数える。 戦時加算と国ごとの違いに注意する
- その場で弾く場合の3要件は、すべて満たす必要がある。 2つでは足りない
- Webに載せるなら、原曲の保護期間満了と、楽譜・音源の出どころの両方を満たすものに限る。 「自分で編曲したから大丈夫」は成り立たない
- 判断がつかない曲は保留の箱に入れ、埋まるまで使わない
- 音量が下がりきらないときは、弾き方だけでなく機材の設定と置き方も確認する。 決め方は演奏者の耳ではなく、いちばん遠い席での録音で
判断に迷ったときは、この記事ではなく管理事業者の窓口に確認してください。この記事の役目は、何を聞けばいいかが分かる状態まで持っていくことです。